世界のCNPから

くろるろぐ

スマホ時代の新入社員と、我が麗しき先輩

「それ前にも教えなかったっけ? ハイ自力で探してみよっか^^」

 

先輩はニヤニヤしながら僕にそんな言葉をかけた。

時刻は21時。定時は3時間以上も前に過ぎた。社内の人影は疎らになり、天井からは「明日があるさ」の放送がかかっていた。

……僕に押し倒されたくてわざと残業させているのでは?

眠気と疲労とでグラグラになった僕はそんなことさえ思い浮かべながら、教えてもらえなかった資料の場所を求めてまたメモをめくりはじめた……。

 

現代人はせっかちだ。連絡手段は飛脚から手紙へ、手紙からメールへ、メールからLINEへと進化してきた。数ヶ月は数日になり、数時間になり、数秒になった。既読がついてから1分間以内に返信を返さないと憤りを覚える……なんて価値観の持ち主も珍しくなくなった。

 

調べ物に関してもそうだ。辞書を引く時代から、スマホでチャチャっと調べる時代へ。Google先生は優秀な教師。欲しい情報は2秒もかからず一覧で表示されるようになった。これが現代だ。現代のやり方だ。

 

そうして僕もまた、「現代」に取り込まれてしまった人間のひとりということなんだろう。

 

僕は先輩に対して、即座に答えを教えてほしいと思ってしまう。全く思い出せない資料の場所を思い出そうとして過ぎていく時間が、ただ無駄だと感じてしまう。

Google先生に聞けば済むことならとっくに聞いている。とはいえGoogle先生の知り得ない……先輩がしまい込んだ資料の場所……問題発生時に誰を頼るべきかという情報……なんてものについては、手書きメモを辿りながら、それこそ「自力」で探すしかない。僕は昨日、そうやって深夜残業の時間まで居残りをして上司に怒られたのだった。

 

しかしよくよく考えてみれば、これは僕の悪い癖なんじゃないだろうか。

教えられたことを脳味噌に刻み込み、覚え、必要なときに取り出して使う……そうした脳の働きを、僕は蔑ろにしすぎているのではないか。「現代人はこういうものだ」というのを、僕は言い訳にしているんじゃないだろうか。主語を大きくするのはオタクの悪い癖。僕は悪いオタクだったのだ。

 

そして、先輩はそういうことを僕に教えたいんじゃないか。

聞けば教えてもらえると思って、自分の脳のリソースを割くことを放棄して、先輩に頼りっぱなしで生きていくようではいけない……これから先輩が何らかの理由でいなくなっても、「自力で」やっていける程度には知識を身につけなくてはならない……先輩はそれを教えたくて、敢えて口を閉ざしているのかもしれない。

 

だから僕のすべきことは、それに応えられるよう、先輩の言葉を脳味噌に刻みつけて役立てるようにすることなのである。文句を言う暇があったら使える人間になれ。なろう。なりたいな。ならなくちゃ。絶対なってやる。

 

先輩「えー、それってそのやり方でいいんだっけ? もう何回も教えてんだからさぁ……」

 

先輩「ぶっぶー^^ ヒントをあげるとね、そこじゃありませーん^^」

 

我が麗しき、先輩への叛逆。