世界のCNPから

くろるろぐ

ここんところツイッターを賑わせている某着物屋のキャッチコピー/インターネットをやる

「着物を着ると、扉がすべて自動ドアになる」

「ハーフの子を産みたい方に」

「ナンパしてくる人は減る。ナンパしてくる人の年収は上がる」

 

僕はよく、流行の話題についてひとりでモソモソ考え事をする、が、それを敢えて記事にしたことはそんなになかったような気がする。けれども今日の僕は眠いので、手近なところにあるネタを適当に拝借する。

 

さて、冒頭の文言はここんところツイッターを賑わせている某着物屋のキャッチコピーである。

 

確かにもともと着物を好いている人々からすれば、まるで自分たちが「高収入外国人狙い」呼ばわりされたような気にもなろう。

 

「着物を着ると高収入外国人に見初められる」という言葉は、少し紐解けば「高収入外国人に見初められたかったら着物を着ればいい」、「つまり着物を着ている人は高収入外国人に見初められたいんだ」と繋がりうる。

 

こういう「自分の価値観を他人に勝手に推測されて押し付けられる」系はヒトの不快指数を高めやすく、よって炎上しやすいように感じる。そのうえ、最近はいわゆる性役割について鋭敏な時代でもあるのに、そこに頭から突っ込んでしまっているのが甚だ不穏だ。

「着物を着ることによるメリット」を伝えようとしたのだろうが、「既に着物を着ている人たちはそのメリットを目的として着ている」という誤解を生みかねないという点には考えが至らなかったのかもしれない。

 

というように、僕はこのキャッチコピーを初めて目にした際、世の人々の憤怒に思いを馳せながらウンウン頷くところから始めた。

 

とはいえここで終わらないのが僕だ(暇なので)。

 

僕は念のため本件について軽く検索してみた。件の着物屋は本件を受けてホームページに一言二言ほどコメントを書き残していた。

 

これが実にうまい文章だった。

弊社のポスターについて、様々なご意見を頂いております。これまで着物にあまり関心を持たなかった方にも目を向けて頂きたいという意図で制作したものでしたが、今回頂いたご意見を真摯に受け止め、今後の広報活動の参考にさせていただきます。なお、本ページの一部についても掲載を中止いたしましたことをお知らせいたします。

 

簡潔で的確、しかし真摯にして慇懃、それでいて一切の謝罪をしていない。見事、と思った。嫌味や皮肉でなく、これは名文だと思った。

 

「これまで着物にあまり関心を持たなかった方にも目を向けて頂きたい」。この一文から僕が読み取ったのは以下のような“含み”だ。

 

まず、この文章を信じるなら、件のキャッチコピーは「着物に関心を持っている人」を対象としているつもりで作られたものではなかったのだということがわかる。着物屋は、着物愛好家の方々を「着物を着たら高収入の外国人にナンパされてハーフの子を身ごもって国際結婚できちゃうかもっ♡」的価値観の方々だなんてハナから思っちゃいなかったのではないか。

 

むしろ逆で、着物屋は「これまで着物にあまり関心を持たなかった方」たちをこそ、そういう「高収入外国人狙い」として捉えていたということになる。

 

「普段から和服を着ず露出の多い洋服ばかり着て、街ゆく高収入外国人たちにドアを開けてもらうのを待っている層に着物を着てもらうにはどうしたらいいだろう……?」

 

「それはもちろん、「着物を着れば君たちの願いは叶う」というアピールをすればいいんだよ!」

 

という発想でなければ、あのキャッチコピーとこのコメントは出てこないはずだ。

ゆえにこの一件で憤るべきは着物愛好家のほうではなく、むしろ「これまで着物にあまり関心を持たなかった方」のほうになるのだ。

だからこそ、着物屋のコメントは謝罪を含んでいない。彼らは着物屋として本心を……「着物愛好家を称え、着物を着ない人間の興味を引く、よくできたキャッチコピーのはずだったのに」という思いを……述べているにすぎないのである。

 

 

とかなんとか言われたかったんじゃないかな、着物屋さん。

などと自筆自賛。

 

 

個人の言動が「他者からどう見えるか」を作っていくのと同様、企業のキャッチコピーはその企業が「人々からどう見えるか」を作っていくものだといえよう。

 

「まごころ込めて握った寿司です」と言えばまごころの込もった寿司を食いたい人が集まる、「水素水で育てた魚をオーガニック有機栽培米とともに握った寿司です」と言えばオーガニック寿司を食いたい人が集まる、「チンポを握った手で握った寿司です」と言えばチンポ寿司を食いたい人が集まる、そういうことで、キャッチコピーとは「この言葉に惹かれる人はおいで」という集客用の言葉だ。

 

であれば、集客用の言葉は「集めたい客層の心に響きそうな言葉はこんな感じだろう」という憶測に合わせて作られるということになる。

今回、着物屋は「これまで着物にあまり関心を持たなかった方」を集めようとし、着物屋なりに思い描いた「これまで着物にあまり関心を持たなかった方」(虚像)が喜びそうな「外国人」「ハーフ」などの要素を組み合わせたキャッチコピーを考案した。「これまで着物にあまり関心を持たなかった方」が虚像なので、“それらが喜びそうな要素”というのも虚像であり、結果どこの需要にも合致しないキャッチコピーとなってしまった……そんな悲劇なのかもしれない。

 

しかしかかしおかし、僕がこの件をぐるぐる考えている中でふと思ったのは、「もともと高収入外国人狙いで着物を着ている人というのがいても別にいいんじゃないか」ということだった。

「着物を着ると「扉がすべて自動ドアになる」・外国人に見初められて「ハーフの子を産」める・「ナンパしてくる人の年収」が高まる、だから着物を着たい」。そういう価値観もあっていいと僕は考えている。着物を使って高収入外国人を狙っちゃいけないという決まりはないし、そういうつもりで着る人を否定することもできないし、着物という服にどんな意味づけをするのかは着る本人の自由なのだから。

 

一方、「そういう価値観は気に入らない」という価値観も、もちろんあっていい、あるべきだ。「着物は自分のために着るものだ」「洋服より楽だから着ているだけだ」「性愛対象に媚びるために着ているつもりはない」「結婚相手は同郷の人がいい」などなど、どんな価値観で着物を着てもいいだろう。

 

「着物を着ている奴はみんな「高収入外国人狙い」である」と宣言されたわけではない。「こういう言葉に惹かれる方がおいででしたらうちの店にお越しやす」、と一企業に宣言されただけだ。あらゆる着物愛好家は自分の価値観に応じて着物を着ればいいし、着物を嫌う人は自分の価値観に応じて着物から離れればいい。そう思った。

 

……といったものの、キャッチコピーに憤る人々に対しても、僕はまぁそうだよなと思った。確かにこのキャッチコピーは一企業の一表明に過ぎない。けれど、企業が「着物を着て高収入外国人を捕まえよう」というような偏りのある言葉を広告文言として世に広めるということは、「あの人も高収入外国人を捕まえるために着物を着ているのかも」という偏りのある観点を世に広めるということになってしまいかねない。

 

個人の価値観と企業のキャッチコピーとの差はここにある、つまり企業は「ひとつの観点を大衆に広める」ことによって個人個人の矜持を踏みにじったり個人個人の信念を傷つけたりしかねないのだ。

 

そういう点で、大衆を相手にコンテンツを広める存在であるところの企業というものは、大衆の構成員たちを尊重できているかどうか慎重に慎重にやらねばならないといえるように思う。

 

 

しかし思うに、世の企業はみなインターネットをやるべきなんじゃないか。

真剣にやらなくていい、ただせめて主要なSNSくらい覗いておかないと危険なんじゃないか。

 

というのも、性別に関する攻めたキャッチコピーがいま世の中でどんな扱いを受けているか……大衆は何を好み何を嫌うか……世の人々の平均的な読解力で意図を汲んでもらうにはどういった文章が必要なのか……そういう基本的なところを外したキャッチコピーやポスターや記事というのがときどき現れては炎上するからだ。

 

僕はむしろそういう企業に同情すらしてしまう。社畜ポスターだとかマナー講座だとか、もうどう考えても炎上する以外にありえないコンテンツを見るたび、この人たちはマジで「情報」を得ていないのか? と不安になる。

 

もちろんわざと炎上を狙うやり方もあるわけだけれど、世間の信用を得たいタイプの企業において炎上商法は諸刃の剣というかほぼ自分側に刃のついた日本刀のようなもので、よほど大当たりを引かなければ死ぬだけだ。そして最近炎上しているコンテンツは、どうも大当たりの引き方を知らなさそうな様子だ。

 

大衆の「情報」をいかに入手し利用するか、という点において、インターネットを忌避していてはもう戦えないんじゃないかと思う。頑張れ、コンテンツ作成者。僕も頑張るよ。まずはコンテンツ作成者にならなきゃいけないけどな。

 

 

 

そう、最後になるがこれは付け加えておきたい。

知っている方もいると思うが、このキャッチコピー案件は2016年、つまり3年前の話である。

銀座いせよし| Ginza ISEYOSHI:千谷美恵

さっきコメントを引用したときにURLを貼らなかったのはこのオチをつけたかったからだ。

 

なぜ3年も経った今になって炎上したのか? 考えうるパターンはいくつもあるが……それだけ人々が性役割について敏感に反応できる時代になったから……件の着物屋やコピーライターに恨みがあったから……性役割の押し付けを許さない風潮に乗じうるネタとして温めていたから……等々……いずれにしても、どんなネタであれ「いつの話なんや」とか「誰が広めたんや」とかは気にしておきたいなと改めて思った。

 

時事ネタも突き詰めて考えるといい暇つぶしになるよね。ねっ、ハム太郎♡ へけっ!