世界のCNPから

くろるろぐ

キスマークが死ぬほど嫌い

明日から後輩たちと旅行へ行く。一ヶ月以上前から楽しみにしていた旅行である。髪を染め直したり常備薬を医者からもらっておいたり、そこそこソワソワしながら待ち望んでいた。

 

恋人氏にキスマークをつけられるまでは。

 

弁明しておくと性行為に及んだというわけじゃない(いつまで童貞でいるつもりだろう僕は)。ただキスマークを、しかもかなり巨大で隠しようもないやつを、首筋に食らった。

 

はっきり言う。僕はキスマークが死ぬほど嫌いだ。

 

理由は単純で、めちゃくちゃに気まずいからである。

どう見たってセックスの証にしか見えないので、たぶん明日会う後輩たちも「あっ……(察し)」の顔をすることだろう。

これがマジで嫌なのだ。

品位ある後輩たちのことだ、何も言わずにいてくれるだろうが、その「何も言わずにいてくれる」がまず、嫌なのだ。「やることやってるんだなあ」と思いながらも黙って流す、その優しさが、痛い、苦しい、気まずい。

かといってこちらから「や、これは違うんだ」などと見苦しい弁解をするのはもっと嫌だ。なんの弁解にもならない。むしろ傷を深めるだけである。

 

前にもこんなふうに、これから遊びに行くってときに首筋に吸い付かれてめちゃくちゃな痕を残されたことがあり、「マジで二度としないでくれ」と言い渡しておいたはずなのだが、ここへきて大ダメージを与えられたので正直いま僕は声にならないほど萎えている。

 

所有感とか征服欲とか、そりゃ楽しいのに違いない。けどこっちは後輩に気を遣わせなきゃいけないんだぞ。というかこの痕だとたぶん旅行云々だけでなく会社にもこれで行かないといけないだろう(5/1は出社日である)。となると会社の皆さんにも「あっ……(察し)」をやらせることになる。超、気まずい。僕はそういうキャラじゃないのだ。

 

恋人氏の気持ちがわからないわけじゃない。寂しくて、自分のものだと示しておきたくて、みたいな文脈があるんだろうと思う。その気持ちそのものについては別に、(僕は誰のものにもならないので、完全に願いを叶えてあげることはできないけれど) やぶさかではない。

 

でも、それでも痕だけは本当に勘弁してほしい。どうしようかな、これ。絆創膏じゃ誤魔化しきれないだろうな。

 

僕はキスマークだけは死ぬほど嫌い。いつか伝わりますように。

耳朶に穿孔、自我に閃光

喫煙所の空気は冷たく、苦い。カラーコーンとポールとを使って区切られたその空間は、まるで動物園の檻のような、疫病患者用の待機室のような、隔離の意図を孕んでいる。

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君は好きで煙草を吸っているのか、と訊かれたら僕は、まず相手の顔色を見て、答えるべきと思われるほうを答えるだろう。僕は愛煙家であり、嫌煙家でもある。どちらに倒れるかは、いつも目の前にいる他者の判断に委ねている。僕は大抵のことに関して、そうしてきた。

 

自分のことを好きなだけ話す Advent Calendar 2022 - Adventar 2022.12.09

 

先月のこと、僕は新宿の居酒屋で、九年間ほど親しくさせてもらっている友人を相手に、延々と、ただ未来の話をした。現在至上主義の僕にしては、珍しく弱気なことだった。

いろいろなことが、わからなくなっていた。生を想えば死に焦がれ、死を感じれば生に逃げ戻る、人間の根幹的な本能に、自分が翻弄されているような気がした。

……そう、もっと具体的に言うならば、ずっと望んでいたはずの××という事態が、いざ近づいてみると、恐ろしくてならなかった。

笑ってほしい、なるべく笑ってほしい、と思う。なんて陳腐、なんて低俗、なんてありきたりで、なんてつまらない話だろうと。

さよなら古き夢よ - 世界のCNPから

こんにちは新しき現実よ - 世界のCNPから

 

僕には、やりたいことがあまりにもたくさんあった。一方、何もしたくないような気もしていた。悪友たちとの悪巫山戯を生涯に渡って続けたかった。一方、なるべく静かな場所で独りになりたかった。全てを手に入れたかったし、何もかもを捨ててしまいたかった。

日々がキリキリと音を立てていて、数秒おきに、僕自身の望みが、願いが、切り替わり続けているようだった。白状すると、僕には何もかもが怖かった。

 

友人は、この世ならざる美貌を深刻な色に染めて、僕のくだらない話をいつまでも聞いてくれた。僕自身でさえ何を恐れているのかさっぱりわからず、ゆえに語りは右往左往して、まるで要領を得なかったはずだが、友人は辛抱強く頷いてくれていた。そして、人生経験を下敷きにした種々の助言の中で、こんな言葉を僕にくれた。

 

「あなたはただ、あなたのやりたいようにやるといい。自分がどうしたいかを考えるといい」

 

自分が、どうしたいか?

 

そのとき僕は、心臓のあたりに、膨れ上がるような腫れ上がるような、興奮とも焦燥とも恐怖ともつかない、どうしようもないものが発するのを感じた。

自分が、どうしたいか?

僕はどうしたいんだ?

 

友人と別れてからも、僕はずっと黙考していた。

僕も他者に対して、「やりたいようにやりなよ」と激励しがちだった。事実、他者の「やりたいこと」をどこまでも尊重し受容し敬愛することこそ、僕の「やりたいこと」である……といってもいい節があった。つまり、他者の「やりたいこと」を受け入れつづけることが……

 

……本当に?

 

いや、本来の僕はもっと他者批判を生業にしており、常に闘争に飢えて……

 

……本当に?

 

微醺を帯びた体に、昼下がりの空気は甘かった。僕は程良くぼんやりとした頭のまま、コンビニでウイスキーの小瓶を購入した。嚥下のたびに、喉がじわじわ焦げていった。と、同時にひとつ、唐突な思いつきを得た。

 

耳に穴でも空けよう。

 

薬局で買える器具を、何もわからず買い込んだ。そのまま新宿駅の公衆トイレに籠り、おもちゃの引鉄めいたそれを引いた。

 

一般的に見れば、こんなものはファッション・アイテムに過ぎない。多くの人がオシャレのために空けているものだし、特殊なことではない。

けれど僕にとっては、体に穴を空けて異物を通しておく、ということが、多少なりとも自然でないことだった。それなりの勇気と、それなりの努力とを必要とする行為だった。だからこそ、そこに物語を見出して、意義を込めて、意味あるものとして扱ってやることで、自分自身に対するひとつの示しになるような気がした。……なるようにしたかった。

 

ばちん。思ったよりも痛んだ。そのまま、ふたつ、みっつ。これは決意だ。これは覚悟だ。これは、誠意だ。

まったく無傷であった耳に異物が刺さって、僕は妙な気分になった。こんなことに何の意味があるんだろうと、冷静な僕が問い返していた。……それでも、何だか気が引き締まったような気もしていた。決意と覚悟、誠意。僕にとっての異物であり、そして慣らしていくもの。

 

それから一ヶ月。痛みはじんわりと鈍く、それでもそこに在るものとして、僕を戒めていた。邪魔で仕方ないからこそ、それは僕に、忘れるな、と囁いているようだった。この自戒の方法は、自分にとってさほど悪くないような気がした。

 

……ちなみに全くの別件だが、味を占めた僕は、つい昨日もうひとつ穴を空けた。僕の博愛主義が、あるいは自己否定が、もしくは被害者面が、……我が悪友たちにどうやら不快感もしくは不安感を与えたらしく、……その反省として、あるいは反駁として、軟骨に穿孔した。こう考えてみると、僕は本当に、彼らを愛しているらしい。

この穴には今のところ、邁進、と名付けている。怠惰、停滞、現状維持感、などと指摘されたことへの、せめてもの返答として。

 

などと言ってはみたものの、自分がどうしたいか、という問いに対して僕は、まだ何も答えを用意できていない。僕がしたことは今のところ、ただ、耳に穴を空けたことだけだ。何かキマったことをしたいという、それだけの無益な行動だったような気もする。もしかしたら、何もかもが無益なんじゃないか? 有益とは何か? どこを目指せば赦される? どこへ向かえば自分を赦せるのか?

考えなければ、考えつづけなければ意味がない。決意、覚悟、誠意、邁進。ああ。冬の凍てついた空気を受けて冷え切った耳から広がる頭痛が、今日も鋭い光のように、まっすぐ僕を責めている。

 

Thanks for @Syarlathotep.

こんにちは新しき現実よ

 

結婚しよう、と、あの子は言った。

わかった、と、僕はゆっくり答えた。

それですべてが決壊した。

 

さよなら古き夢よ - 世界のCNPから

 

恋人氏は、本当はずっとすべてを「はっきり」させたかったのだと言った。

ゆるやかな好意。生ぬるい時間。どこにも辿り着かない関係。そういったものに、恋人氏は懊悩と罪悪感とを抱いていたらしい。

縛り付けたくはない。けれど失いたくもない。現状に甘えて、状況を維持して、そうして結局、あなたを動けなくしていた。だから本当は、はっきりとした形……別離か、婚姻か……に、決めてしまいたかった。

それが恋人氏の主張だった。

 

「でも、僕は何をどうしたらいい?」

「住む家を考えて、いろいろと決まってから、具体的に……入籍、としたい」

「そっか。……予め、言っておきたいんだけど」

「……」

 

「あなたに結婚だけはしたくないと言われてから僕は、あなたに縋ることなく……なるべく一人で生きられるようにしてきた。職場での立場も確立できてきたし、資格も取ったし、趣味も増やした。後回しにできない、大事な友達もたくさん作った。ここんとこは文学研究会の連中とつるんで、小説の執筆やら映画の鑑賞やら、憧れていた“文化”っぽいこともできている。

 

はっきり言って、……うまくやったんだ。あなたと結婚して家庭を築くという夢を、永久に捨てるよう宣告されてから。だいぶ頑張って、そこそこうまくやってきた……うまくなってきたんだ。

 

それで、たぶん僕は、それらを捨てられない。そういう生き方を、やめられない。僕は一度、人生を終わらせた。そしてほんの昨日まで、「余生」としての今を生きてきた。なるべくはっちゃけて、暴れて、ふざけて。泥酔して、散財して、いつ死んでもいいように。

 

ずっとちまちま貯金してきた人間が、いきなり、あなたの余命はあと三ヶ月だと伝えられたとするよ。そしたら、後悔のないようになるべく使い果たしちゃおうとするじゃないか。これからも生き延びようとするときと、もう死ぬのだというときとでは、貯金の切り崩し方が違う……って、伝わるかな。

 

今の僕は、「あなたの余命ですが、実はまだまだ長かったみたいです」って伝えられた患者みたいな状態なんだ。これからまだ生きていくんだというつもりでいなかったから、もう貯金をだいぶ使ってしまって、いまさら途方に暮れているわけなんだ。……当然、ここからもういちど立て直す以外に道はないわけだけれど、少し、なんだか、立ち直るまでに時間が要るかもしれない。

 

……嬉しくないわけじゃないんだ。まだ生きていられると知って、「ここから」をやっていけるとわかって、すごく嬉しい。ほんとに、嬉しい。……けど、どうしていいか、……どうしていいか、も何もないんだけどね。どうにかするんだけどね。ともかく……これから、よろしくお願いします」

 

恋人氏は、どう見ても手放しで喜んでいるようには見えない僕の様子に、かなり当惑しているようだった。だが実のところ、もっと当惑しているのは僕の方だった。

僕自身、ようやく夢が叶ったと、手放しで踊り回るくらいの気分になると思っていた。

 

「……ごめんなさい」

「あなたが悪いんじゃないよ」

「いや、これは私が悪かった。半端なまま、あなたを追い詰めてしまって」

「……」

「その、よほど倫理に反していなければ、あなたの生き方を否定することはしないよ」

「ありがとう。でも、その「倫理」の価値観が、僕とあなたとでだいぶ違うって話じゃなかった?」

「そうかもね……そこは追々、話し合ってやっていこうってことで」

 

恋人氏は、「結婚にこだわっているだろう僕がいつでも自分から離れていけるように」というつもりで、今まで「遠慮」してきたのだと言っていた。けれどそれには嘘が混じっていたらしい。要するに恋人氏もまた、立ち回りに迷っていたようだった。

 

あの子の自己肯定感はあまりに低かった。自分のようなクズに僕を付き合わせたくないという感情が、あの子の言動を本音と嘘との間に揺らがせてしまっていた。……ということ、らしい。

 

十二年間。あまりに長い旅だった。

やっと――と、爆発的歓喜に満たされている僕と、どうしよう――と、茫然自失している僕とがいる。……これはどうしようもなく本音だ。不思議なものだね。本当に……不思議なものだ。

 

僕には何も見えていなかったのだということが、ここへきてよくわかった。

 

「今度こそ、僕の人生はここで一区切りとなった。あとは、今あるものを磨いたり汚したりしながら生き長らえればいい。」

僕は磨きすぎた、あるいは汚しすぎた。急激な気温変化に精神が風邪を引いている。ああ……僕は嬉しい。けれど物事はそう簡単じゃない。

 

こんにちは新しき現実よ。これから直視すべき世界よ。

さよなら古き夢よ

 

結婚はできない、と、あの子は繰り返した。

かまわない、と、僕ははっきり答えた。

それですべてが解決した。

 

恋人氏には姉がいる。その姉が、「ずっと男性を見下してきたにもかかわらず三十路になって婚活を始めた」ことを、恋人氏は醜いと感じたらしい。

 

自分はああなりたくないし、あなたにもそうなってほしくない。

自分は結婚しないことを固く決意している。あなたは他に相手を探して家庭を築くとよい。

これ以上あなたの時間を奪いたくはない。

それが恋人氏の主張だった。

 

「じゃあ僕のことは嫌いになった?」

「そうじゃないけど……」

「ならいいよ。僕もね、結婚にはこだわってないんだ、もう」

「……」

「仕事も回るようになってきた。資格の勉強やら小説の執筆やら、やりたいこともたくさんある。それに、結婚って目的じゃなくて手段だからさ。あなたと一緒にいることが大事なのであって、結婚が大事なわけじゃない。形なんてどうだっていいんだよ」

 

一気に喋る僕は、不自然ではなかっただろうか?

 

「……信じていいんだね?」

「もちろん」

「じゃあ、もう遠慮なく好きでいるからね」

「……」

 

恋人氏は、「結婚にこだわっているだろう僕がいつでも自分から離れていけるように」というつもりで、今まで「遠慮」してきたのだと言った。

 

僕を好きでいることを。あるいは、それを示すことを。

 

ここにすべてが解決した。恋人氏の冷徹な態度にも、意地悪な言動にも、それでいて遊んでいるときは心から楽しそうであったことにも、すべて説明がついた。

 

僕には何も見えていなかったのだということが、ここへきてよくわかった。

 

今度こそ、僕の人生はここで一区切りとなった。あとは、今あるものを磨いたり汚したりしながら生き長らえればいい。

ほとんど何もない僕の人生の中で、今あるものだけを。

 

さよなら古き夢よ。もう見てはならない夢よ。

自分のメンタルと向き合う人の独言⑩選

 

「当日見かけたものを題材に」と宣言したので、見かけたツイートを題材に、ひとつ。

 

今朝こんなツイートを目にした。

 

 

『メンタルが安定している人の特徴⑩選』。

堂々たる主題である。
こういう話に対し、揶揄と反感の目をもって皮肉を書き綴ることは簡単だ。
しかし僕は平和主義者なので、もう喧嘩めいたことはしたくない。
だから僕は、こうして「特徴⑩選」をまとめてくださったことに感謝を示しつつ、自分の「メンタルが安定している」かどうか、ひとつひとつ見つめ直してみようと思う。

この記事は自分のことを好きなだけ話す Advent Calendar 2021 - Adventar 2021.12.09の記事です。

 

  •  ①プライドはゴミ箱へ
  •  ②疲れたらやめる
  •  ③居場所は複数
  • ④寝たら忘れる
  • ⑤駄目でもともと
  • ⑥60点で十分
  • ⑦期待しすぎない
  • ⑧1人の時間も大切に
  • ⑨まだいける! は危険
  • ⑩嫌いな人は即サヨナラ
  • おわりに

 

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