世界のCNPから

くろるろぐ

人間はゴミムシを救えるが、ゴミムシは人間を救えない

思えば僕は、昔から「誰かに頼られる」ことがなかった。

 

僕の周囲の人々は、いつも僕以外の誰かに悩みや憂いを相談していた。僕の周囲には常に何となく「相談役」として人々から重用される人というのがいたのだが、それは僕ではなかった。

幼い時分、僕が相談事の場に混ざろうとしているのを見かねた誰かが、僕の腹を蹴飛ばして輪から追い出したこともあった。

一緒にいる人々が意味ありげに目配せをして、僕だけがその意味を図りかねたままでいる、という状況などしょっちゅうだった。

両親は僕にだけ内密にしたまま離婚届を提出した。離婚届の写しを見ると、そこには両親の名前以外に、母の弟の名前と、妹の名前とがあって、僕の名前はなかった。

「僕にだけ知らされていないこと」というのが山ほどあった。

 

何故だろうと考えてみると、答えは意外と単純明快なような気がする。

すなわち、僕自身に余裕がないために、あるいは余裕がなさそうに見えるために、他者が気を遣って……もしくはより大きな面倒事になってしまうのを嫌って……僕を相談相手役から外していたのではないだろうか、というのがひとつ。

そうでなければ、僕自身に強いところがないために……寄りかかれば倒れてしまいそうに見えるために……他者が「こいつは頼れる相手じゃなさそうだぞ」と判断していたのではないだろうか、というのがひとつ。

さらには、僕の面倒臭いばかりで役に立たない思案癖や妄言癖が、他者の悩み事をむしろ増長させかねない……ということを、他者によってシッカリ見透かされていたという可能性もある。

 

要は、みんな僕の弱さを看破していて、助けを求めるに相応しくない相手だと判断していたのだろう。

 

しかし。

僕は自分を多くの人々に助けられながら生きてきた存在だと思っているし、今だって他者に頼りっきりのベタベタのガタガタでやっと生きている存在だと思っている。自分ひとりじゃ何もできないゴミムシでありながら、文学や哲学の真似事を喚いて、支えてくれている人々に不快感を与えている、それだけでもう他者にベッタリだと言っていい。

だからこそ、本当は恩返しをしたい。人々が僕に与えてくださっているものをお返ししたい。僕はゴミムシだけれど、ゴミムシなりにやってきたつもりであって、何かしら役に立てるはずなんだ。お礼をさせてください。よろしくお願いいたします。

 

 

フフフフ。

……こういうタイプのゴミムシ……つまり、「頼りにされたい」という自己愛に満ちたゴミムシは、詐欺のターゲットに最適だ。何しろどんな形であれ、頼られることを渇望しているのだから。

ネ。

チラとでも頼られたら図に乗って、相手を徹底的にドン底まで救おうとして、でも土壇場で逃げ出して、別に自分がいなくても相手はやっていけるのだというのを何度も目の当たりにして、それでもまた頼られたいと思ってしまう、病的なまでの頼られたがり……英雄癖……人望渇望狂……その生き方が、一体どれほどの人間を苦しめ、傷つけ、泣かせてきたことか……どれほどの罪悪であったことか……

 

止そう。

 

努力しつづけてきた人が、愛される権利のある人が、「頼りたい」「愛されたい」と苦しんでらっしゃるのをよく見かける。僕は本当に痛ましく思う。そういった人たちというのはどこまでも救われる権利のある人たちだ。僕はそういう人たちが頼れるような存在になりたく思うし、そういう人たちを慈愛の念で少しでも支えたく思う。

つまり僕の場合は逆なのだ。頼られたいし、愛したい、おそらくそれが僕なのだろう。

 

とはいえ僕はゴミムシなので、頼られないし、愛させてもらえない。

 

つい最近まで、恋人が僕に仕事上の悩みを打ち明けたり食事をねだったりしてくれていた。その間の僕の充実感といったらなかった。やっとのことで人から頼られた、しかも相手は恋人だ、ということで、可能なかぎりの手を尽くして相手を鼓舞したり慰撫したりしたつもりだった。しかしあの子はここのところ、また自立を志す態度に戻ってしまった。未だ苦しんでいるようでありながらも、僕に対する口数を減らすようになってしまった。

……というのを物寂しく思うと同時に、僕は僕自身にゾッとした。

 

僕は恋人を救おうとしているのじゃない、恋人を救う自分に酔いたいだけだ。僕は他者を支えようとしているのじゃない、他者の支えとなれる自分を誇りたいだけだ。恋人の、相手の、他者の感情を度外視した、どこどこまでも自分本位の自己中心主義。誰も僕に頼りたがらない理由は、むしろここにあるのかもしれない。

 

 「相談役」になれないばかりか人の輪からも蹴り出され、家族離散の瞬間にすら立ち会わせてもらえなかった頼り甲斐のないゴミムシ。恋人ひとり守れないゴミムシ。恋人に依存するゴミムシ。人間に救われる一方、人間に虫害をもたらすゴミムシ。人間はゴミムシを救えるが、ゴミムシは人間を救えないのだった。