自粛ムードと夜
「こういう状況だから、会わない方がいいと思う」
『でも、どうせ会社には出るんだし、家に帰るよりあなたの家へ行く方が早いくらいなのだし』
「会社へ行くのは必要な外出でしょう。遊びに来るのとは違うよ」
『でも、家に帰るのと似たようなものじゃない? 家族には毎日接しているわけで』
「できるだけ接触する人間を減らすっていうことに意味があるんだよ」
『でも、あなたを“最低限 接する人”の中に加えたくて』
「勝手にしてもいいけど、それであなたが感染しても私は責任を取らないよ」
『でも、……ごめん。わかった』
「うん、すまないね」
『僕に会えなくて寂しい?』
「寂しいよ」
『ほんとに?』
「ほんとだよ……」
『そっか、早く会いたいね』
昔から、規則を守らずにはいられない子だった。派手な性格の人たちがルールを破って楽しむのを見て、片頬をあげて微笑みながら、静かに怒り狂う子だった。今回も同じことだ。世間が、不要不急の外出や接触をするなと言ったから、あの子はそれを守るのだ。わかっていたことだった。あの子は、自分を嘘つきだというけれど、実は誰よりも正直だった。僕は、自分を正直者だというけれど、実は誰よりも嘘つきだった。
例えば僕らが家族だったなら、僕が仕事を終えて帰宅するだけで、僕らは会えたのだ。できるだけ接触する人間を減らす、といっても、自宅に居る人間と接触しないということはできないのだから。無茶なことをするつもりなんてなかった。ただ、部屋の中でふたり、疫病に怯えたふりをしながら過ごせればよかった。あの子がゲームに熱中していようが、僕を無視して過ごそうが、僕は構わなかったのに。
会社に程近い路上で、泣きながら酒を飲んでみた。まっすぐあの子の家に向かう方がよっぽど、健康的だったような気がした。夜桜。夜風。夜空。夜闇。ひとりで過ごすのがやたら難しい夜だった。完全に正直な気持ちを述べるなら、僕は疫病なんてどうでもよかった。
自分がどうしたいか、ということについて、僕はどんどん鈍感になっていた。誰かが決めてくれたことに、ただ身を任せたかった。自分の意思というものが驚くほど欠落してしまった。本当に、どうなっても構わなかった。いっそここで、